一人旅で、写真を「最優先しなくなった理由」
一人旅に出るようになった頃、「せっかく来たのだから写真を撮らなきゃ!」と自然に考えていました。
景色や食事、街並み。
あとから見返すため、思い出として残すため、旅をしている証として写真を残すのは当たり前だと思っていたのです。
ですが、一人旅を重ねるうちに、少しずつ自分の中で変化が起きました。
今でも写真は撮りますが、以前のように「必ず残そう!」とは考えなくなりました。
写真を撮ることが、判断を増やしていたと気づいた
写真を撮る行為そのものが悪いわけではありません。
ただ、一人旅では次のような小さな判断が増えていました。
- ここで立ち止まるかどうか
- どの角度で撮るか
- 人が入らないタイミングを待つか
- 撮った写真を確認するか
一つひとつは些細でも、これらはすべて「判断」です。
一人旅では、移動や食事、次の行き先など、すでに判断する場面が多くなりがちです。
そこに写真に関する判断が重なることで、気づかないうちに疲れが溜まっていました。
記録よりも「今どう感じているか」を優先するようになった
あるとき、写真を撮らずにただ景色を眺めている時間のほうが、気持ちが落ち着くことに気づきました。
風の強さ、音の響き、空気の重さ。写真には残らなくても、その場で感じたものは確かに自分の中に残っています。
それ以降、「何を残すか」よりも「今どう感じているか」を優先するようになりました。
写真を撮らない時間を意識的に作ることで、旅のペースが自然と自分寄りになっていきました。
写真を最優先しない選択も、一人旅を続ける工夫です
今でも、必要だと思えば写真は撮ります。
ただし、それが旅の最優先事項ではなくなりました。
写真を最優先しなくなったことで、
- 判断回数が減る
- 行動が中断されにくくなる
- 旅全体の疲れが溜まりにくくなる
といった変化を感じています。
一人旅は、思い出をたくさん集める競争ではありません。
自分がどう感じ、どう整うかを確かめる時間です。
写真を撮るか、撮らないか。
その選択も含めて、自分に合った旅の形を選べばいいのだと思います。
まとめ
- 写真を撮る行為は、一人旅では判断回数を増やしやすい
- 今でも写真は撮るが、「必ず残す」という意識は手放した
- 記録より、その場で感じることを優先すると楽になる
- 写真を最優先しない選択も、一人旅を続けるための工夫

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